🌙 出会って過ごしてみた5年

テキスト
Hand painted with yellow paint making "five" sign
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こんにちは、皆さん。

私は卯月コウさんのファンであり、彼がデビューしてから5年が経ちましたことを記念して、この記事を書きました。

正直に言いますと、私自身は2018年6月3日のデビュー当初は彼について全く知りませんでしたので、5年という実感があまり湧きませんでした。

当時は、ツイート、ミラティブ、YouTubeなど、時間がかかっていたこともあります。

しかし、あっという間に十数日が過ぎ、
そして6月21日に卯月コウさんと私が出会ってからもう5年が経ちます。

では、5年前の出来事について振り返りましょう。

そうですね、まず初めに思い浮かぶのは、にじさんじSEEDs初の予告なしのコラボ配信でした。それは、緑仙チャンネルで行われた「人間と会話をするのは大変〜卯月コウの場合〜」という配信です。

私はその配信をリアルタイムで視聴し、彼の面白さに気づきました。

それからあっという間に5年が経ってしまったのです。本当に時間の経過が早いと感じます。

私自身は、元々青田刈りなどのタイプではなく、
SEEDsのメンバーはちょこちょこと楽しんで視聴していましたが、
卯月コウさんだけは最初は見ていませんでした。

しかし、そのことも2018年6月20日までの話です。

6月21日を境に、
私は卯月コウさんの配信をちょこちょこと見るようになりました。

彼の配信は新鮮で楽しいものであり、おなえどしあったり、陰キャグランプリ、納豆配信、DOU、妄想会議、うづきちゃんまつりなど、様々な配信がありました。そして神楽めあさんとの配信や、すべてを失った配信、SEEDs24、エモグランプリ、ごろごろなどもありました。

さらにはライブ王決定権も忘れることはできません。

この頃には、卯月コウという人物のイメージはほぼ今と同じくらいの形で固まっていました。彼の行動や成長はあるかもしれませんが、その根本的な部分は変わらず、彼自身の個性が形成されていました。

「ライブ王選手権」は、彼の絶対的なキング感とその動きの相反する緊張感を感じるために、私は心躍らせました。その瞬間、私は初めて「揺いて」しまったのです。

その時点で私は確信しました。私は卯月コウさんのファンです。

人を追うということやファンになることは、私自身にとっては稀な経験です。

なぜなら、趣味として楽しむのはいいのですが、一定の水準を超えたら責任を持つべきだという考えを持っているからです。そのため、現時点では卯月コウさんが最後に明確に「ファン」としての動きを増やした人物となっています。

5年間で新たな「応援する人」は増えませんでした。

増えたと書きましたが、

これまでもインターネット上で活動したり、リアルで企画を立てたり同人誌を作ったりするなど、さまざまな活動を勝手に行ってきましたが、それには時間がかかることがほとんどでした。

私自身は様々な応援活動や人を両立させることができず、器用ではないため、バランスを取るのが難しい状況です。

自分でもそれに関しては大変思うところが自分自身にあり、
色々な活動を切り分けて行っている状態です。
※このブログは融合している唯一の場所です。

ただ、しかし、だけれど、当時の自分は馬鹿でした。

ただし、Vtuberやライバーのファンであることは自分の中で少し恥ずかしいと思っていたため、
それを自分だけの楽しみとして他の人には共有せず一人で楽しんでいました。

ネットでもっと出して交流しても良かったなぁと。

卯月コウについて語れる人がほぼいなくてやっぱり寂しい思いも未だにしてるので。

それでもなんか面倒な縛りをして、面倒なことに自分自身でなっていますが、
しかし、それでも私はじっとしていられません。それが私の本心です。

なぜ徳島に行ったのか、なぜ「にじそうさく」に参加したのか、正直よくわかりません。

しかし、また「揺いてしまう」瞬間のために、私は動き続けることでしょう。

自分に関しては面倒な感じだけど、
とりあえず、これだけは言いたい。

卯月コウさん、6年目も幸多き年となりますように。

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